2007.10.31
「小学校301時間、中学360時間増=主要教科-新指導要領の審議まとめ・中教審」 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20071030-00000109-jij-soci
導入当初から何かと問題のあった、ゆとり教育。 結果的には、学力低下を引き起こしたという結論にいたり、見直しが図られ今回のような結果に。
私も娘が二人、まだ未就学ではあるがいるので、このニュースで少しは正直安心したのだが。
そもそも、ゆとり教育と捻じ曲がった情報を付与するのは間違いである。
たとえば、円周率。「約3」と教えていた時期もあるらしいが、これはゆとりとは関係ない。
円周率を教える際に、「円周率は3.14・・・」ですと言えばいいだけ。
それをわざわざ省略する必要がどこにあるのだろうか?
これ以外にも「勘違いゆとり教育」の例は枚挙に暇がない。
ゆとり教育自体のコンセプト自体はすばらしいもので、賛同すべきであると私は今でも思う。
しかしそこは、画一的になりがちな日本人。
どうしても、学力偏重教育→学力をなくす教育となってしまったのではないだろうか?
教育とは知識と思考・概念の組み合わせでないといけない。
私の学生時代も知識詰め込み型であったことは否定できない。だから、大学に入って知識よりも理論を多く学ぶことになった時は楽しかった。
楽しさを学ぶための基礎作りはどうしても必要であり、やはり時間数が足りなかったのかもしれない。
ただ、もう一度、知識詰め込み型に戻って欲しくはない。
私ごときがこんなところで提案しても始まらないかもしれないが、問題は「意識」だと思う。
私もIT教育ということで、お客様の企業内研修を行うことがあります。
従業員にセキュリティやIT運用などを教育するのですが、そんなところで技術的な話は一切しません。
つまり知識を付与する教育をしないのです。するのは、意識改革。
セキュリティが何故大事か?ITを活用した時の効用は?など、気持ちに働きかけることを重点的に行います。
子供たちへの教育も同じではないでしょうか?
知識を与える時間と、意識を植え付ける時間の双方があってこその教育では?
知識は、もう任せておいていいでしょう。
意識は、まずは「モラル、倫理観」。道徳よりも一歩先にいった全般的モラルを考える時間。
モラルハザードが蔓延している現代日本には必要ではないでしょうか?
次に、性教育。
日本の文化から、性に関しては陰に隠して口はばかる傾向があり、そのくせ雑誌・漫画・メディア・インターネットなどで時には歪曲した情報があふれんばかり押し寄せてくる。 そのような裏情報ではなく、しっかりと教育する必要があるのではないだろうか?
最後に、お金。
これも日本の文化的思想背景が影響しているが、お金=汚いものという意識が根っこから定着しています。ですので、家庭でもお金のことについてしっかり教えないことが多いのではないでしょうか?
しかし、子供にとっては迷惑。しっかりとしたお金の知識がないまま、社会に放り出され、人によってはお金に多大な苦労をする羽目になる。
お金の意味、税金とは(つまり、もらったお金の全てが自分のものではないという考え)、お金の使い方などを教える場が必要なのではないだろうか?
日記にしてはかなり長文になったけど、人の親として教育には並々ならぬ興味があります。
上記の、「モラル・性・お金」に関しては、我が家ではしっかり教えていこうと思う。
しかしながら、願わくば未来ある子供たち全員が、知識と意識を身につけれるように行政は頑張ってもらいたい。
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